『鈴木先生』の作り方−作者・武富健治が明かすマンガ創作の思想と方法−

今更ですけど言います。
あけましておめでとうございます。
新年の挨拶、終わり。

さて、『鈴木先生』の作者、武富健治氏が北九州市立大学で特別に講義を行なうということで行ってきました。
聞き手は『鈴木先生』2巻の解説を執筆した、同大学の准教授・宮本大人先生。
授業1コマ分、1時間半しかなかったけどおもしろかったです。

コミックナタリー リアル鈴木先生!? 武富健治が北九州市立大で教壇に

せっかくの機会やったので、忘れないうちに講義の内容を簡単にまとめておこうと思います。
ただし、講義中にとったメモから内容を書き起こしたので、もしかしたら自分の解釈の違いで作者本人の意図とは違う内容になってしまっている部分があるかもしれません。
そこはご容赦願います。

講義内容

  1. 鈴木先生のテーマ、あらすじについて
  2. 創作の具体的なプロセスについて
  3. 鈴木先生」を深く読む
  4. 質問タイム


1.鈴木先生のテーマ、あらすじについて

最初の5分くらいを使って、宮本先生が鈴木先生についておさらいしてくれました。
そのときに鈴木先生には以下の4つのテーマがあると説明。

  • 手のかからない生徒の悩みを取り上げる

げりみそ、掃除当番など。
一般的な学園漫画やと問題児ばっかりクローズアップして、普通の生徒が持つ悩みについて、描写がほとんどない。

  • 二者択一でない答え

中学生の性交、鈴木裁判など。
とある問題に対して、絶対的に正しい答えはない。

  • 教師の性欲

教師は聖職者と言うが、それ以前に人間ですから。

創作として、現代に起こるかも知れない事象を描いている。
当然、エンターテイメントとして読んでもらえるように。



2.創作の具体的なプロセス

短編を発表していた頃は

  1. 膨大なプロット(シナリオ)を書く
  2. ネーム
  3. 作画

であったが、連載が始まると時間がないので

  1. 簡単なメモ(毎回、話の中で回収すべき点をまとめる)
  2. ネーム
  3. 作画

これらの手順を、実際に使用してるメモ、ネームノートなどを示しながら説明。

説明しながら、色々な裏話。

  • 鈴木裁判編は急遽作った

元々は、夏祭りで麻美さんのつわりを小川・中村・丹沢に見られてそれで終わり。
そのまま2学期に入ろうと思ってた。
編集者と話し合って、そのまま2学期に行ったらまずいという話になった?(うろ覚え)
回収されない話は嫌、と語っていたので担当編集者と話し合う以前に自分で裁判を入れようと決めたのかも。

  • 鈴木裁判編は作者テンパってた。

急遽作ったエピソードで、まさか1巻半もかかるとは思ってなかった。
議論が破綻しないように毎回回収すべき点をまとめて必死でコントロール
作品の初期はこういう展開にしよう、といったコントロールができていたとのこと。

  • メジャーな漫画家になりたかった

以前はひねくれていたのでネームを描くときには既存のネームノートは使いたくなかった。
でもメジャーになりたくて、メジャーな作家がやってる真似をしようと既存のネームノートを使い始めたそうです。

  • 担当編集者について

アクションの担当編集者はこうの史代夕凪の街 桜の国)、森下裕美大阪ハムレット)と同じ。
作家の好きなように描かせてくれるそうです。

  • キャラクターデザイン

脇役として適当に描いたキャラが予想外に活躍しだすとのこと。(竹地もその一人)

  • アシスタントについて

以前は仕上げをお嫁さんに手伝ってもらっていた。
鈴木裁判あたりから一人、アシスタントに入ってもらっている。
トーンの指定は、ペン入れした原稿をコピーして、コピー原稿に色鉛筆で塗ることにより指定。

  • 名言について

3巻ラスト、「こんな時代に少女の口からあんな言葉を聞けるなんて… オレはもう 今逝ってもいいぜ!」
最初はこの独白はなかったが、なんかおもしろいので入れた。
(確か、担当編集者も喜んだと言ってたような。)



3.「鈴木先生」を深く読む

  • 表現の過剰さについて

昔は劇画的な描き込みも、漫画的なデフォルメも使いたくなかった。
人物の表現などは効果線などを使わない描き方を研究。
(写実的な表現を目指す、みたいなことを言ってたような。うろ覚え。)
ある程度それが実現できる技術を会得した後、商業誌に載りたくて漫画的な表現も使うように。
その結果、上記の表現方法が2つ重なることによって、表現が過剰になった。

  • 作品世界の変化

長編作品では、主人公の強さだけでなく、弱さも示したほうが読者が楽しめる。
三島由紀夫が示した創作の方法と同じ。)
鈴木先生にとっての弱さは性欲(小川病)や、足子先生との議論。
(8巻冒頭、喫煙室で腑抜ける鈴木先生の描写について、「サービスしました!」)

初期と最近の喫煙シーンの違い。
8巻の喫煙室のポスターの描き込みが過剰になってる。
また、換気の音が1巻では「ブオー」程度やったのが、8巻では「ゴオオオオオオオオオー」とうるさくなってる。
喫煙シーンに関して宮本先生からつっこまれて、武富氏「そういやそうですね(笑)」

初期では心理描写は鈴木先生のみ。
(読者は生徒の気持ちが分からない鈴木先生の立場になって、生徒の悩みを謎解き。)
3巻あたりから生徒の心理が描かれるようになる。
初期ような展開(生徒の悩みを解決)を繰り返しても、おもしろくはならないと思った。
よりおもしろくさせるためには漫画の描き方を変化させる必要があった(形式の変化)。

あえて生徒の心理を描くことによって、読者を騙すことができる。
(例えば、本当に南条は神田マリが好きなのか、など。)
それがエンターテイメントになる、て言ってました。

作品を描くにあたって、ピーターブルック(劇作家?)の言葉を大事にしている。
「死守せよ、だが軽やかに手放せ。」
作品の中で、ある展開、描きかたについて我慢し続けるも、おもしろくなりそうならば
その我慢を一気に放棄する、というニュアンスやったような。
すんません、うろ覚えです。

2巻・「人気投票(後編)」のラスト、小川病の対処法として想像することを自分に許す鈴木先生
そのときに光源不明の光。
「社会的にはどうかと思いますけど、神様的にはそれでオッケーという演出」と宮本先生。
「きっとそうですね。自分ではあんまり意識してなかったんですけど。」と武富氏。



4.質問タイム

  • なぜ中学2年のクラスが舞台なのか?

中学2年くらいやと微笑ましく読める。(もしこういう議論を大人がしてたらキツいなぁ、と。)
公立の中学やとだいたい地域だけで分けられてるから、勉強ができる生徒にできない生徒、
おとなしい生徒や活発な生徒など、色々な人間を集めることができる。
(「大人になると似たもの同士で付き合うからケンカにならないじゃないですか。」と武富氏。)
現代社会の寓話として、色々な人間が議論するという実験を読者が体験。

手塚治虫のようなスターシステムを武富氏も採用。
以前の作品(屋根の上の魔女)のキャラクター、鈴木章に登場してもらった。
鈴木章は武富氏からすれば縁起がいいらしい。

コナンの連載が始まった頃は少年サンデーは読んでなかった。
でも、その頃は自分は漫画家の卵(と自分で思いこんでいた)ので、
きっと青山剛昌と自分は漫画家としては同世代なんですよ(と思い込んでいる)。
なので世代的に影響を受けてる漫画が一緒なんですよ。
そうに違いありません(笑)。

  • 現役の教師などに取材は行なっているか?

完全に武富氏の創作(妄想)。
ドキュメントを描くならインタビューも有効とは思うが、学校でよくある事件などを描いても
創作としておもしろくならない。
(といったニュアンスのことを言ってました。)
大学の頃、母校に教育実習に行ったけど、学校がどんな感じやったか忙しすぎて全然覚えてない、とも。

  • 受験生が、教師に志望校のランクを落とすべき、と言われたときどうすればいいか?

言われてへこんだときの対処法なら、と答える。
「いつもカッコつけとかないと示しがつかない後輩を持ってるといいですよ。
後輩と会うときは嫌でもしっかりしますから。」
とアドバイス

  • 今後はどんな分野を描く予定?

鈴木先生は現在の演劇編がラストエピソード。
以前のインタビューで、冬服になったら終わりますと答えていたとのこと。
「連載が終わっても鈴木先生が殉職するわけじゃないので、『北の国』からみたいに
たまに描くかもしれませんねー」と武富氏。

次回は学園もの以外が描きたい。
山とか自然、広い風景など。(変身ものとか描きたいですねー。)

鈴木先生」と対になる老人ホームがテーマの漫画も少し考えている。
今の大人の問題は、大人が幼稚であることか、大人が老いているのどちらかなんですよ。



以上が講義の内容です。
ほぼ過剰書きで全然まとまってないとは思いますが、ご勘弁を。

宮本先生の話がうまく、また武富氏の話も大変興味深かったので講義はあっという間でした。
行って良かったなー、としみじみ。

鈴木先生 (1) (ACTION COMICS)

鈴木先生 (1) (ACTION COMICS)