春の日に、君と帰る

先日、俺の心の名作漫画リストにまたひとつ作品が増えたのでそれについて書く。
その作品とは、ズバリ田中ユタカの愛人[AI-REN]である。

愛人[AI-REN]は99年から02年までヤングアニマルで連載されていた作品で全5巻。
最近、装丁も新しく特別愛蔵版として上下巻で再版されたので、友人に薦められたこともあって読んでみることにしたのだ。

愛人 上―特別愛蔵版 (ジェッツコミックス)

愛人 上―特別愛蔵版 (ジェッツコミックス)

愛人-AI・REN- 下 特別愛蔵版 (ジェッツコミックス)

愛人-AI・REN- 下 特別愛蔵版 (ジェッツコミックス)


全部読み終わったときの感想を先に言うと、ただただ感動したとしか言いようがない。
感動したという、一言で完結してしまうある意味軽々しい、説得力のない言葉を使うのに抵抗はあるのだが、読み終わったときには本当にそれ以外のことが考えられなかった。
終盤のコマや台詞の一つ一つがダイレクトに心に響く感覚。
不純物のない、純度100%の感動が押し寄せる体験。

どんな話かと言うと、終末を迎えつつある世界が舞台。
主人公のイクルは余命わずかの少年で、いつやってくるか分からない死に怯えながら生活をしていたが、寂しさに耐えかねて擬似的な配偶者・恋人の役割を果たす人造遺伝子人間の少女『あい』と暮らすことにする。
(人造遺伝子人間は人格を操作した人間であるが、末期患者のために存在しているためこちらもまた長くは生きられない)
これは、人類最後の夏を過ごしたイクルとあいの2人の物語。


この作品のテーマは『愛』であり『生』であり『死』である。
いつも『死』が隣り合わせにあるイクルとあいだからこそ、日常に『生』が浮かび上がる。
そして、2人は人を愛することによって絶望でしかなかった『生』に意味を見出していく。
絶望はいつでも2人の前に現れる。
それでも、絶望に負けることなく健気に一日一日を過ごしていく。

「あなたに… 生きていてほしい」
「好きな人がいる 生きる理由ならそれで充分だ」

これらの台詞が、この作品そのものを表していると言っても過言ではない。


この作品では、奇跡は起こらない。
『死』や『圧倒的な暴力』を前にして人間は無力なのである。
作品として誠実であるため、全てが愛しくて、悲しくて、切なくて、美しい。

「世界は キラキラと輝いていた!!」

この作品を実際に読めばわかると思うのだけれど、後半が本当に凄まじい。
作者の描きたいことがダイレクトに伝わってくるというか、エネルギーが溢れ出てるのだ。
特別愛蔵版には作者のインタビューも掲載されているが、作者は愛人[AI-REN]を描き終えてから長い間漫画が描けなくなったと答えている。
それを読んで、すごく納得できる。
全身全霊とはこのことを言うのだなと。
作者の全てをぶつけた愛人[AI-REN](特に後半)は、漫画というメディアの可能性を限界ギリギリまで引き出したのではないかと思えた。

もし、本当に大切な人ができたときはこの作品を是非とも読んでもらおうと思っている。
これから先、何度も読み返すであろう大切な漫画だからだ。